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レビー小体型認知症のサイトが、できたのは・・・

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2008年の母は、上の画像を見てもらえばわかると思いますが、少し落ち着いてます。

一昨年の暮れわたしは、途方にくれていた。

母がてんかん発作を起こしたのだ。
母の認知症は、発作を起こしたことで「レビー小体型認知症」と決まった。

発作を起こす前は、アルツハイマー型認知症も疑われたが、
発作を起こしたことで、完全にレビー小体型認知症と診断された。

主治医が、遠慮がちに
「24時間介護になるけど、あなたに仕事があるから、どうしたもんかね」
「仕事は完全にやめて、母のそばにいます」
「そうかね、そうしてもらえると、安心だ」
とやさしい笑みを、わたしに向けた。

年があけて、去年の正月のころが一番大変でした。
わたしが風呂に入っていた時、母がトイレに自分の力で行こうとして転倒したときは、
思い切り後悔しました。

主治医に
「24時間看護をするとは、すこしも目を離せないことだよ」
と念を押されていたからだった。

自分がどうなっているのかよくわかっていないのに、わたしを見つめて
「ごめんね、迷惑かけてばかりで」
と懸命に起き上がる母を見て、決心しました。

その日から母の傍らで添い寝して、片時も目を離さないこと。
いつてんかん発作が起きても、手助けできるようにしようと。
暇つぶしに触っていたパソコンも、母のベットそばに移動した。

そんな時今から思うと、天からのお誘いとしか言いようのないことがあったのだ。

ブログでのやり取りをしている方から、突然メールをいただいたのだ。

メールには、
「今度ある方が無料で、ホームページを作る指導してくれるので、参加しませんか?」

二つ返事で、参加した。
前から母の介護のことで、サイトを作りたかったからだ。

これが、わたしが「レビー小体型認知症と闘う母、7年間の介護手記」を作った経過です。
一年前はメールしたり、ホームページを見るだけだったわたし。

何か大きなものに、偉大なものにつき動かされた一年でした。

それはまだ見ぬ神かもしれない。

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